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Text by:秦理絵

全曲毒吐とは?

カノエラナが『盾と矛』という作品で表現したものは、人間のなかに相反する感情の数々だ。愛するがゆえの憎しみ、現実と夢、いまを生きるために向き合う過去。今作は、カノエにとって、これまでにないほど人間らしい感情を剥き出しにした作品になった。同時に、そこには、今年から新レーベル蔵前レコーズを拠点に新たなスタートをきったカノエ自身が、「これからも大切なものを守りながら、攻めて、戦っていきたい」という"矛盾"した決意も込めているという。音楽への熱い愛情を込めた「1113344449990」から幕を開け、猫になりきったり、タピオカへの愛を綴ったり、カノエらしい遊び心もふんだんに盛り込みながら、聴き手のイマジネーションを刺激する全10曲。以下のテキストでは、そんな『盾と矛』の楽曲を、カノエへのインタビューをもとに解説する。いくとおりにも深読みできるカノエワールドを楽しむ手がかりになれば幸いだ。

1113344449990

1曲1曲に登場人物の顔をイメージできる濃いキャラクター揃いの今回のアルバムのなかでも、とりわけ妖艶な存在感を放つナンバー。インディーズ時代から、大人びた歌唱から子供っぽい雰囲気まで、楽曲ごとに声色を変える表現力がカノエの武器だが、今作で思い浮かぶのは、眠らない街を艶やかに舞う「夜の蝶」と呼ばれるような女性たち。"誰よりそうさ あんたがいい"と、ストレートに求愛するフレーズは、カノエにしては珍しいが、最後のサビで"MUSIC"というキーワードが歌われることから、実は、それは「音楽」に対する熱い想いであることがわかる。カノエが音楽についての想いを直接曲にするのは初めて。新レーベルからの再出発という、このタイミングだからこその1曲だろう。なお、タイトルの読みは、「ワンワンワンスリースリーフォーフォーフォーフォーナインナインナインゼロ」。スマホのフリック入力が主流になる前の文字入力で"あいしてるわ"という意味になる。

嘘とリコーダー

放課後、誰もいない教室で好きな子のリコーダーをこっそり舐める主人公を描いたちょっと危ないストーカーソング。テレビでアルトリコーダーの特集番組を目にしたカノエが、学生時代にあったとある事件を思い出して曲にしたという。歌詞には、"三角定規"など、教室の文房具がさりげなく登場するが、そのフレーズがエロチックな響きに聞こえたら、カノエの思惑どおり。昔から都市伝説的に語られる若気の至りをテーマにしつつ、サウンド面では、青春の焦燥を代弁するようなエレキギターのイントロにはじまり、罪を告白する早口の語りパートを挟んだり、韻を踏んだりと、予想を裏切る目まぐるしい曲展開が最高にかっこいい、挑戦的なロックに仕上がっている。若さゆえの抑えきれない欲望と、甘酸っぱい変態感が炸裂したカノエ流"性"春ソング。

ダンストゥダンス

カノエが佐賀県唐津から上京して6年。移り変わりの激しい大都会・東京で傷つきながらも、奮闘し続けてきた日々を振り返り、いま自分のなかに残るものは何なのかを問いかける。「東京」をテーマにしたカノエの楽曲と言えば、2017年にリリースされたミニアルバム『カノエ上等。』に収録の「トーキョー」があるが、キラキラとした夢を追いかけてきたあの頃とは違い、この曲には、誘惑と狂騒にまみれ、希薄な人間関係でつながる東京の地で、いまを懸命に生きる若者の姿が鮮明に浮かび上がる。かつて"電車の本数ハンパねえ"と、ティーンらしい素直な言葉で驚きを綴った都心のターミナルの喧騒を、"御出口は 右右下上右左 death"と、(ゲーム好きのカノエらしい遊び心を取り入れつつ、)行き場のない虚無感と共に活写してみせる歌詞にも、ソングライターとしての成長が感じられる。また、ピアノを交えたジャジーなサウンドは、カノエの音楽ルーツのひとつであるEGO-WRAPPIN'の影響。シンガーとしてのキャリアを積んだいまだからこそ歌える楽曲でもある。

猫の逆襲

語尾に「にゃ」をつけて歌う、猫が主人公のナンバー。小さいころから猫が好きだったが、実家で猫を飼うことができなかったカノエは、将来絶対に猫の曲を作ろうと密かに思っていたという。エサをくれる近所のヤンキーに懐いてみても、眠たくなったら、すぐに昼寝。犬には、ちょっとしたライバル心を持っていたりと、生意気だけど、どこか憎めない野良猫像が絶妙だ。カノエのソングライティングやボーカルの特徴として、様々な登場人物に成り代わっていくセンスが抜群なのだが、もはや人間だけではなく、あらゆる対象に憑依するさまは、カメレオン俳優ならぬ、カメレオン・シンガーソングライターと呼びたくなるぐらいだ。また、カノエのライブで盛り上がれる定番曲には「楽しいバストの数え歌」などあるが、この曲は大人から子どもまで盛り上がれる、新たなライブアンセム。

タピオカミルクティーのうた

タピオカを注文する店員とのやりとりにはじまり、その原料に想いを馳せたり、タピオカがこの世に生まれたことに感謝したりと、約4分弱のなかにタピオカへの愛が溢ふれた1曲。メロディと歌詞が一緒に出てきたという、サビの"タピタピタタタタッピ~♪"というフレーズは、つい歌いたくなる中毒性がある。最近では、「武者修行」と称して、精力的に弾き語りツアーを開催しているということもあり、今回のアルバムは、CDに収録するために曲を作るというより、ライブで何を歌いたいかという前提で作れられた楽曲も多い。前述の「猫の逆襲」もそうだが、良い意味で、「ライブに憑りつかれた状態にある」というカノエの自由なムードを感じられるはずだ。音楽で何かを伝えなくてはいけないという使命ではなく、聴く人の生活の隙間を埋めるような音楽の在り方を大切にするからこそ、「生きていれば、いくらでもネタがある」と豪語するカノエらしさも感じるナンバーだと思う。ちなみに、カノエ、「タピオカはブームになる前からずっと好きでした」とのことです。

jOKER

ティム・バートンの『アリス・イン・ワンダーランド』や『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』を彷彿とさせるファンタジー世界を描いたナンバー。歌詞にはトランプのマークが散りばめられ、摩訶不思議なティーパーティーに招かれるなど、まさにアリスのように空想(妄想?)好きなカノエらしい遊び心が詰まっている。カノエが見た夢のなかでは、森のなかの細い道を歩いていると、ハットをかぶったおじさんが、「私はミスター・チャーリーです。あなたは、チャーミング・アプリコットティー様ですか?」と話しかけてくるらしい。そして、一緒にトランプの紋章を集めるのだという。また、その世界では、"暗いは明るい 暑いは寒いに 綺麗は汚い"と歌われるように、物事があべこべだ。それはカノエの夢であり、まったくリアリティのない世界ではあるが、一方、あらゆる価値観が、表になったり、裏になったりと、めまぐるしく変わってゆく現実社会のメタファーという捉え方もできるのではないだろうか。

(タイムカプセル)

思い出を閉じ込める「タイムカプセル」をモチーフに、自分自身の過去ついて掘り下げた楽曲。カノエの母と妹が東京に遊びにきて、たくさんの思い出話をした夜に書いたという。本来、タイムカプセルに入れるものは、数十年後に再び掘り起こす自分に宛てたメッセージのようなものだが、この曲では、自分のなかの消したい記憶、あるいは伝えられなかった想いを弔うように、タイムカプセルに封じこめる。しかも、最初は「一緒にタイムカプセルを埋めよう」と約束をする相手がいるのだが、その存在が途中で消えてしまっているようにも感じる。仲違いをしたのか、あるいはタイムカプセルのなかに入れて一緒に埋めてしまったのか。すべてを言い切らない抽象的な表現を残すことで、様々な想像が掻き立てられる1曲だ。大きくリズムを刻んだスケール感のあるアプローチも、過去から未来へと時間軸を超える「タイムカプセル」というテーマに寄り添ったサウンドになっている。

セミ

「(タイムカプセル)」に続き、カノエが過去と向き合いながら完成させた楽曲だが、こちらのほうがより心境がストレートに綴られている。中学時代の夏休み。うだるような暑さのなか、部活の帰りに神社の木陰でアイスを食べた。足元には、アリがたかったセミの死骸。ふと、甘いアイスを地面に垂らすと、アリは一気にアイスへと群がっていった。その残酷な光景を見たとき、死んだセミの姿が自分自身と重なったのだという。いろいろなものにたかられて、身動きができない。とにかく苦しかった。これは、大人になったカノエが「夏休み」を終わらせるために書いた楽曲だ。"蟻の群がだんだん集まって ブチブチと肉を引き剥がすんだ"という描写で、どこまでも残酷になりえる人間の醜さを活写すると同時に、"僕は まだ 死ねないんだ"と、人間が持つ強さを必死に叫んでいる。ここまで自分を曝け出したカノエは珍しいが、これもまたカノエラナらしい歌だと思う。

花束の幸福論

曲調はポップだが、グロテスクな描写にカノエの狂気を感じるナンバー。互いへの想いが強くなりすぎて、嫉妬と拘束にがんじがらめになったカップルの歪んだ愛のかたちが描かれている。なかでも、強いインパクトがあるのが、"君の左目に真っ赤な薔薇が咲いた"や"食い込んだ棘が君の身体を彩っていく"というフレーズだろう。世間から見れば、異常な愛のかたちだが、それがふたりにとっての幸せなのだ。そんなふたりがにっこりと笑う血みどろの結末をハッピーエンドと捉えるか、バッドエンドと捉えるかは、リスナー次第。ちなみに、カノエ曰く、この曲は、「(タイムカプセル)」の主人ふたりのアナザーストーリーでもあり、実は、昨年ライブ会場限定でリリースされた『ぼっち2』に収録されている「花束と導火線」に登場するふたりの人生ともリンクしているという。そんな曲同士のつながりを楽しむことで膨らんでいくストーリーを楽しめるのもカノエ楽曲の面白さだ。

最後の晩餐

これまでも友人の恋愛相談を聞きながら、ちゃっかりそのネタを拝借して、歌のテーマにすることが多かったカノエ。「最後の晩餐」もそんな1曲だ。二十代半ばに差しかかったこともあり、同世代の友人たちの関心は、「恋愛」から「結婚」へと移り変わっていく。長年付き合ってきた彼氏のことは嫌いなわけじゃないけれど、結婚を考えると、好きなだけではいられない。そんな複雑な想いを抱き、別れを選んだ同棲カップルの終末がこの曲のテーマ。"DVD見終わったならもう消してよ"という歌い出しにはじまり、"冷蔵庫の隅に隠したあたしのプリン"など、ふたりの生活の匂いが生々しい描写で刻まれる。おそらくこのカップルは、彼女が夕飯を作る日常が当たり前だったのだろう。別れの日にも、"夜ごはん作っといたからね"と、彼氏への優しさを見せる彼女。だが、最後に2回繰り返される"これで最後 味わって食べてね"というフレーズに少し不気味な余韻を感じるのは深読みのしすぎだろうか。彼氏にとって、本当の意味で「最後の晩餐」にならなければいいのだが......。そんなふうに想像を巡らせてしまうあたり、すっかりカノエの魔術にハマっている証拠かもしれない。

リリース情報

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2nd Album「盾と矛」

2019.12.04 (Wed) Release.

【初回限定盤】(CD2枚組)
KRKB-1003
¥3,500+税

【通常盤】(CD)
KRKB-1004
¥2,500+税

【収録曲】(CD)
01.1113344449990
02.嘘とリコーダー
03.ダンストゥダンス
04.猫の逆襲
05.タピオカミルクティーのうた
06.jOKER
07.(タイムカプセル)
08.セミ
09.花束の幸福論
10.最後の晩餐

【初回限定盤】(CD)
ライヴ・猪鹿超絶ぼっちツアー・新宿ReNY (2019.6.16) 
01.宴の合図
02.ヨクアルオハナシ
03.大事にしてもらえよ
04.ねぇダーリン
05.サンビョウカン
06.ダンストゥダンス
07.ピアス
08.あーした天気になぁれ
09.セミ
10.トーキョー
11.夏の祭りのわっしょい歌
12.猫の逆襲